光明子(光明皇后)は天平のマザーテレサだった!

光明子(光明皇后)

第45代天皇聖武の皇后・光明子こうみょうし
仏教を熱く信仰し、
寺を建てたり、
貧しい民のために尽くしたため、
じつは鹿から生まれたのだという
伝説が残っています。


それも不思議な伝説ですが、
光明子がどんなことをしたのか
みていきましょう。

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光明子(光明皇后)が最古の悲田院施薬院を造った

光明子が生きた頃は、
聖徳太子が十七条憲法を制定し、
仏教を敬うと言ってから
100年以上が経っていました。


しかし、
まだまだ平民に教えは
浸透していませんでした。


そこで光明子は
教えを広めるのと同時に
慈善施設を設けるのです。


皇太子妃時代に悲田院ひでんいん施薬やく
藤原氏ゆかりの興福寺に造りました。


施薬院では薬を与えたり、治療を行い、
悲田院は貧困の民を収容する施設でした。


この悲田院などは聖徳太子が
行っていたという説もありますが、
記録として残っている最古の悲田院は
光明子が造ったこれになるようです。


遣唐使などからもたらされた新しい知識を
光明子は惜しげもなく
民に分け与えていたようです。

ビワ


たとえばビワ葉療法です。
インドの古い仏典に、
「万病を治す植物」と紹介されていて、
患部にビワの葉をあてるという
治療法に効果があったようです。


その効果を嫌って医者は
患者にビワを植えないように
言っていたとか。


また、
慈悲の心で貧者などに施せば
福徳を生みだすと教えられ、
光明子はたくさんの寺を造ります。


なかでも
女人であっても成仏できるとして
法華寺を造ったことは
大きな変化であったはずです。


そうそう法華寺には
光明子が自ら作ったという
お守り犬があります。


作り方は受け継がれ
今も希望する人に配られていますよ。

お守り犬
法華寺お守り犬

光明子(光明皇后)の施浴

光明子の伝説に施浴せよくがあります。


施浴とはお風呂のことで、
寺などで僧が入浴したあと
近隣の民に開放することです。

カラ風呂
法華寺カラ風呂


光明子は
法華寺の浴室(当時はカラ風呂)で
1000人の体を洗うと願をたてました。


時の皇后が
民の体を洗うのですよ、びっくりです。


その1000人目はハンセン病で
体中膿だらけのひとだったのです。


しかもハンセン病患者は
膿を口で吸ってくれ、と
光明子に言います。


どうですか、みなさん。
そんなことできますか?


ところが光明子は言われるまま
口で膿を吸い出すのです。


すると
ハンセン病患者はスクッと立ち上がり、
黄金に光り輝き
「我は阿閦あしゅく如来なり」
と言って消えていったというのです。


まさかの仏さまだったのですね。
光明子を試したというこでしょうか。

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まとめ

仏教に深く帰依した光明子の行いは
キリスト教の奉仕に近いという
意見もあります。


そういわれると光明子は
マザーテレサに見えてきませんか。

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