北条政子は悪女なのか?エピソードをみてみよう

北条政子

北条政子は
日本三大悪女のひとりに
数えられるそうですね。


どんなことをしたのか
悪女といわれる北条政子の
エピソードをみていきましょう。

スポンサードリンク




夫の妾の家を襲撃

北条政子が生きた時代、
男は正妻以外にも
妻をもつのは当たり前でした。


しかし政子は夫・源頼朝
自分以外の女を作ることを
許しませんでした。

怒った政子


頼朝が亡くなった兄の未亡人を
妻にしようとしましたが、
政子の怒りが恐ろしくて
その未亡人は他家へ嫁いでしまいました。


他の妾も男児を生んだはいいが、
政子を恐れて乳母になる者さえ
いなかったということもありました。


それほど政子が怖いなら
頼朝もおとなしくしていればいいものを、
そうはいかないようです。


頼朝には伊豆に流されていたころから
世話をしてくれていた
亀の前という女性がいました。
政子が出産で鎌倉の屋敷を離れると、
頼朝は亀の前を呼び寄せたんです。


これ、今でもよくある
奥さんがお産で実家に戻っている間の
浮気ではないですか。


政子が無事に頼家を出産し
鎌倉に帰ってくると、
継母の牧の方が余計なことに
亀の前のことを告げ口するんです。


まあ、怒った怒った政子は
牧の方の父・牧宗親むねちかに命じて、
亀の前が潜んでいる
伏見広綱ひろつなの家を破壊してしまいました。


今度は頼朝が怒った怒った。


牧宗親が謝っても許せず、
頼朝は宗親のもとどりを切るという
恥辱を与えます。


すると今度は政子の父・北条時政が
舅に恥をかかせたと怒ります。


こんな大騒動になってしまいましたが、
政子はなぜ亀の前に
こんなことをしたのでしょうか。


頼朝に仕えていた亀の前は
ある程度身分ある女性だと考えられます。


もしかしたら政子より上かも。
そんな亀の前がもし男児を生んだら
嫡男になるかもしれません。


当時、生母の身分が高い男児を
嫡男にすることが多かったからです。


せっかく生んだ頼家が嫡男でなくなり、
自分も正妻の座を追われるのでは!

政子の判断だったのでしょう。


しかし、
正妻が妾の家を襲撃するなど
恐ろしいですよね。

息子を幽閉

息子とは長男の源頼家のことです。


頼家は比企能員ひきよしかずの娘・若狭局を妻にし、
嫡男一幡いちまんをもうけています。


すると一幡の外祖父として
比企能員が権勢を振ってきました。


そして悲しいことに頼家は
母・政子や北条の者の意見を聞かず、
比企ばかりを重んじたのです。

そんな時、
頼家が病気で危篤になり、
幕府継続のため頼家の遺領分を
嫡男・一幡と弟の実朝とで
分けることにしました。

それに不満を表したのが比企能員です。

北条VS比企

比企能員の変勃発。


たった一日で比企一族は滅び、
一幡も亡くなります。


運よく回復した頼家が
比企一族滅亡と一幡の死に憤怒し、
政子の父・時政を討てと命じますが
誰も従いませんでした。


その後伊豆の修禅寺に幽閉され、
1年後亡くなります。


これにて実朝が将軍に就き、
時政が執権となり
北条の力は揺るぎないものになりました。


北条政子は頼家を幽閉はしたが、
命を奪うまではしなかったのでは
ないでしょうか。


政子は頼家が生きていて
困ることはないのですから。

父親を追放

政子の父・時政の後妻に
牧の方がいるのですが、
これがなかなかの食わせ者です。


牧の方は自分の息子・政範を
将軍にしようと考えますが、
政範は急な病で死んでしまいます。


では、
娘婿にと平賀朝雅ともまさ稲毛重成いなげしげなり
方向変換します。


平賀朝雅と畠山重忠親子に
チョットしたトラブルが起き、
牧の方は時政に
「これは叛意あり」
と噓を言うのです。


政子の弟・義時は
畠山親子の謀反を信じませんでしたが、
「継母だから仇にしようとしている」
と迫られ、
渋々兵を出すことにしました。


しかし、戦の畠山勢の様子から
義時は謀反は噓だと悟るのです。


時政は反論しませんでした。


讒言をした理由で
平賀朝雅と稲毛重成は誅殺。


時政は出家し、
政子と義時によって
鎌倉から追放されたのです。

実の親であっても
これは許されることではありませんね。


政子は時政の執権を解き、
事後の処理につきました。

スポンサードリンク




まとめ

北条政子の悪女エピソードでしたが、
悪女ではなく女傑ですね。


北条家を守るため。


鎌倉幕府を守るため。


政子の行動にブレはないと
筆者は感じます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました